母が亡くなっても悲しみにくれる暇も無く、今度は父の世話や、 ミカン畑の世話までなにかと忙しい日々が待っていました。こんな時は、忙しいのが何よりの薬で、ドタバタと暮らしているうちに時間は過ぎてゆき、思い出は次第に浄化して、楽しかった事やさまざまな事が又違った形で心に染み込んでいきました。
その年の秋、後を追うように母の母、おばあちゃん が102歳で大往生しました。そこで発見した事が一つ、人間はすごく長生きをしたら、生きている時と亡くなった時の変化がない事でした。寝ているときと変わらない祖母の姿に思わず声をかけそうでした。祖母もまさか自分のほうが長生きをするとは夢にも思わなかったことでしょう。
働き者の祖母は私が子供のころから、何時寝るのだろうと思うくらいいつも働いていて、朝暗いうちから起きて、草刈 などの仕事をし、これを「朝作り」といい、夜ご飯を食べてからお米を精米したり、大豆を挽いたりする寝る前の仕事を「夜なべ」といって、日中には色んな 農作業があるのもかかわらずこれが毎日繰り返されるわけで、きょうびの過労なんて騒がれることもなく、淡々と毎日生活しておりました。
しかし、95歳を過ぎる頃から体も段々衰えてきて祖母は自分が余り役に立たなくなったと嘆いておりました。孫の私は、今までこんなに働きずめだったんだからもういいんじゃない?と慰めていたつもりでしたが、
最近それは違ったと思うようになりました。きっと、誰かの役に立たない生活なんて本当の充実感なんて感じる事が出来なかったんでしょう。でも祖母は働いて働いて、最後まで自分のことは自分ですることを信条としていたんだとおもいます。葬儀も悲壮感が無く、天寿をまっとうした祖母は 一番の心のプレゼントを子孫たちにしてくれたと感謝しています。
母と祖母が相次いでなくなり、慌しく年も明け、その間に子供の受験などもあり、あれよあれよと忙しく、心に空白を持つこともなく、それが返って有難く、こんな時、自分に家族があることを本当に有難くおもいました。
翌年、春今度は夫の父親が 病に倒れました。軍隊で鍛えた体を自慢していたのに長年の喫煙の影響のせいか、肺がボロボロになっていました。83歳という年齢を考えても余り無理な治療も出来ないので病院で様子をみることに。しかし、義父はやはり強かった。大抵退院の日取りとかは病院の先生が決めるものだけど、自分がきちんと退院の日を決め、誰が何と言おうとその日に迎えに来るよう 命令したのです。皆は大慌て!病院からクレームはあるわ、家に帰ったらどうしたらいいのか、てんやわんやの中
義父は平然と自宅に戻ってしまいました。義父はきっと自分の余命やもろもろの事を考えて、あえて自分の思いを通すことにしたのはあっぱれとしか言いようがありません。自分の身体が弱った時、大抵の人は他人まかせになると思うのですが、義父は最後まで自分を主張しました。しかし、退院した義父は見違えるほど元気 になり、好きな家庭菜園や、少量のお酒、 最後まで自宅で過ごすことにこだわっていました。
病院では退院したら、1ヶ月の寿命ですよと言われていたのに半年を過ぎても比較的元気でした。
あっぱれな義父、しかし、翌年のお正月過ぎ、本人の予想通りおだやかにあの世 に旅立ちました。
葬儀も無事終わって、京都に納骨に夫と向かいました。3月の京都はまだ花の季節には早く観光客もまばらでしたが、納骨つでに夫と1日京都観光をすることに。しかし、このささやかな旅行が夫と行った最後の旅行になろうとは思いもしませんでした。
京都は、御所、大徳寺、 東寺などをめぐり、比較的観光客も少ない時期だったの落ち着いて観光出来、またゆっくりこようねと話して帰路につきました。
それから1週間して夫は会社の 健康診断で思いもかけないことを言われて心配顔で家に帰ってきました。
「肝臓に影があるらしい」・・・いつかはこんな事も起こるかもしれないとは思っていましたが、と言うのは夫は母親から肝臓の病気を生まれつきもらっていたのです。今では予防できる病気なのですが、昔はまだ良くわかっていませんでした。定期健診 でいつも気をつけていたのですが、それまで特別悪い結果ということはなかったので本人も余り気にしていませんでした。
数日して2人揃って病院に 再検査をかねて向かいました。長い長い検査の後、気の遠くなるほど待合室で待ったのですが、その間中私の方が胸がどきどきして落ち着きがありませんでした。 やっと先生に呼ばれて診察室に入ると、頭のはげたまだ若いであろう先生が病気はかなり深刻な状態ですとのこと。でも治療は何通りもありますと言ってくれたのでほっと安心しました。しかし、次に先生の口から出た言葉に耳を疑いました。「ところで治療はしますか?」・・・・えっ!!何??この質問。悪いところが見つかっておまけに治療も出来ますと言ってくれたのになんでこんな質問するの?治療するに決まってるじゃない。そんなこんなで不信感がありましたが、最新の治療法 で治療を開始することになりました。先生からは余り良くは言われませんでしたが本人には自覚症状も無く、まだ検査で見つかった位だから大丈夫だと信じて疑いませんでした。
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