子供たちが楽しみにしていた事に父母のいる島に行って遊ぶことがありました。島の自然はいつも暖かくのんびりしていたし、季節折々の変化が身近に感じられて何やかやと理由をつけては里帰りをしておりました。不思議と母は、実の我が子である私には大してやさしくもなかったのに、孫にはたいそう優しくいつも私はそのギャップに面食らっておりました。
 ある梅雨の頃、母は田んぼに「おたまじゃくし」を見せに子供を連れて行きました。おたまじゃくしなんて見たくもない私は家でゴロンとしていると、 しばらくして母と子供は田んぼめぐりをして帰ってきました。きたない皿の中には何匹かのおたまじゃくしがはいっていました。
そこに近所のおばさんがやってきて「あ〜ら、いいお土産になるねえ」と声をかけてきました。そこに当時2歳の息子は「違う!これはねぇ‘かえる‘になるんよ〜」と返事。皆で大笑いしてしまいました。
そんなある日今度は畑に夏野菜を取りに皆で出かけました。そこには母が丹精に作って見事にできた夏野菜がたわわに実っていました。孫の質問攻めに母は得意そうに答えていました。何気なく聞いていると、「おばあちゃん、スイカが落ちとるよ」母、「??」
子供にとっては見るもの聞くもの目新しいものが田舎には沢山あったようで、海に泳ぎに行ったり、山に山菜取りに行ったり、私の子供時代にはなんでもなかった事なのに子供を通じておさらいをしてみると又違った風景で見えるのは新鮮でした。母は孫を通じてもう一回子育てを懐かしんでいたのかなぁ。
しかし、私も子供をこうして親と孫の関係として眺めると、母は本当はやさしい人だったんだと思いました。私が子供の頃母はまだ若く、当然のことですが、感情をストレートに子供にぶつけては激しさを撒き散らしていたように思います。私は、もっとやさしい親の元に産まれれば良かったと何度も思いましたが、叶わぬ夢だと諦めていました。しつけは厳しく、といってもかなりいい加減な私には当然だったとは思うのですが、子供心にあま〜い優しい親に憧れていました。そのあま〜い親が孫達の前にいるのです。孫達の無理難題を観音様のような笑顔で聞いてやり、食べたいと言えばどんな物でも作ってやり、お正月には私ですらもらった事も無いほどのお年玉を与え、・・・半ば呆れ顔で見ていた私に一言、「孫は責任がないからかわいい」・・・この意味不明な言葉を私が理解出来る日が来るのでしょうか? しかし、一つだけ母と孫たちの価値観が違ったのは「花火」でした。
夏休み、夜になると子供は花火をしたがり、母はお金を燃やすだけだと頑固に反対しました。後年になって子供たちは「おばあちゃんは子供心が分かってないよ。」と言っておりました。里帰りした私はいつも昼寝をしてぐうたらしていたのに母は文句も言わずに良く子どもたちの遊び相手になってくれました。多少のすれ違いはあっても孫とおばあちゃんの関係は、私が子供時代に見た母よりずっと素敵な関係にあるように見えました。うん、やはり世代を繋いでいく事は素晴らしい!!